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2012年11月15日木曜日

「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」


 世界観や歴史観を変えるような出来事というのは、予想しないところで突然起こるもののようです。今回の2012台湾レポートの最後に、台北市でご一緒させていただいた外交評論家の加瀬英明さん(写真)著「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」について、書き留めておきます。

 先のレポートで紹介しましたが、加瀬さんがいなければ澄清湖・田沢湖の姉妹湖締結はありませんでした。11月12日夜、台北駐日經濟文化代表處(東京都内)に在職した旧知の方々をご案内し、台北市内で姉妹湖25周年・温泉協定1周年の御礼の会を開催しましたが、この席上でも興味深いお話しを多数教えてくれました。会も終盤に差し迫った時、「時間があったら読んでみて」と手渡された書籍が「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」です。今日は朝から夜まで一日いっぱい移動日でした。と言うわけで秋田空港に飛行機が着陸するまで「なぜアメリカは~」を2度読み返しました。

 日本の現状が、第2次世界大戦以降の世界バランスの中でできていることはご承知の通りです。そもそも日本の開戦は1941年12月8日のハワイ真珠湾攻撃で始まったとされていますが、加瀬さんは真っ向からこれを否定。日本を嫌い、脅威と感じていた時のアメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、日本を叩き潰すために戦争に引き込む作戦を思いつきます。外交で信頼を取り戻せると踏んでいた日本を子どもをアヤスすようにはぐらかし、追い込み、進むも退くも地獄の包囲網を完成させ、最初の一発を日本に砲撃させ、アメリカ国内の世論を打倒日本の色に染め上げる…。

 歴史観が一変するような内容です。衆議院が解散するニュースを高雄市内で聞きましたが、アメリカを信じ平和ボケが進み過ぎた日本は、国土・国民・財産を自力で守れる国家に変われるのでしょうか。

澄清湖・田沢湖の姉妹湖25周年


 いよいよ訪台の一大イベント、「澄清湖と田沢湖の姉妹湖25周年祝賀式典」の日を迎えました。台湾国内に一時期分散していた107人のメンバーは、それぞれの活動を終え、最後の行事に参加すべく高雄市に集まりました。出国した時の顔と何だか違って見えたのは、それぞれの目標を達成した自信からでしょうか…。

 高雄市鳥松区にある自来水公司第7区管理所、25年前に外務評論家の加瀬英明先生が仲人を務めて実現した姉妹湖締結の歴史を顧みようと、当時総経理(組織代表)だった劉さんや現役員、所員など全員体制で出席をいただきました。管理所の玄関ではこまち会の梵天上げや角館高校のおやま囃子同好会の演奏などが行われ、賑やかです。

 現総経理や福総経理、経理、仙北市国際交流協会、観光連盟代表などなど多くの役員のお話しから、25年という歳月がどんなに長かったか感じることができました。

 写真は自分のあいさつの様子です。「歴史はつくった人、そしてそれを伝える人がいて初めて評価の対象になります。25年前に姉妹湖を締結した当時とは、状況が一変していますが、若い世代に姉妹湖締結の意義や可能性を感じ取ってもらい、今まで以上の架け橋になってもらいたいと、今回は高校生に参加をいただいての訪台です。高雄市の皆さんにもお願いです。どうか若者にこの歴史を伝えてくれるよう、ご尽力をお願いします。そしてこの後も連携と交流をお願いします」とお話しをさせてもらいました。

 一行はこの後、全員で澄清湖を経由して市内の交流会場へ。感謝と感動のフィナーレでした。重ねて皆さんに御礼を申し上げます。ありがとうございました。

2012年11月14日水曜日

高雄市政府庁舎で劉副市長と


 高雄市政府の特別迎賓室で、高雄市主席副市長の劉世芳さんと懇談。陳市長は議会質問に答弁中と聞き、そんな時に訪問して申し訳ないと反省しきり。

 劉副市長は、「ワールドゲームスのご縁で秋田県に伺ったことがあります。仙北市のことは以前から知っていましたが、時間がなく手足を伸ばせなかったことが今でも残念です」と話していました。こちらからは「観光客数は東日本大震災発生後と比べると、概数では帰ってきているとの分析がありますが、しかし放射能を懸念する方々も当然多い実情です。仙北市を始め秋田県内の各市町村は、放射線濃度を心配する必要はありません。もともと風向きなどで流れて濃かったこともありますが、万が一にも対応していて検査確認体制も整っています」とお伝えしました。

 高雄市の経済発展は著しく、今後、先端産業や農業、商工業などで連携をする約束をして市政府庁舎を後にしました。

高校生の皆さんへ


 今回、行く先々で注目を集めた「角館高校おやま囃子同好会」。これが参加のフルメンバーです。たぶんスケジュールの都合で、朝早かったり自由時間がなかったり、不自由な海外公演・文化交流だったと思いますが、皆さんは本当によく頑張った。

 随行の菅原先生、藤原先生、それに同好会生徒の佐々木さん、安部さん、門脇さん、小木田さん、原さん、熊谷さん、田口さん、大山さん、黒沢さん、高田さん、武藤さん、藤村さん、細谷さん、渡部さん、ありがとうございました。

 今日は午後一番で高雄市立小港高級中学、そして夕方は台湾政府経済部自来水公司第7区管理所(澄清湖)で最後の演奏でした。どちらも大変評価が高くて、皆さんの仕事ぶりが高く評価されています。

 世界を見てください。機会があるのだったら、迷わずに海を渡り、自分の目で同世代の若者が何を考え、どう行動しているのか、直接接してください。今回の訪台がそのきっかけになってくれればと、心から思っています。ご苦労様でした。

プーリー市の周市長と


 台湾南投県埔里鎮(プーリー市)鎮庁で、周鎮長(周市長:自分の左)と、鎮庁幹部の皆さんとの意見交換会。とにかく周鎮長は気さくな方で、町のPRビデオに自ら出演し、トップセールスもしています。

 「産業ではどんなことを一番大切にしていますか」との問いかけに、「昔と今では産業構造が大きく変化しています。昔はお米を作っていましたが、今お米を作っても所得を増やすことはなかなか難しいのです。そこで中でも農業に力を入れて、野菜や果物など付加価値の高い農業に大きく転換しています」とのお話ししていました。

 この後、馬先生の歓迎夕食会でも周鎮長とお話しをさせていただきました。以前は南投県の県議だったこと、自分よりも3歳年が多いこと、趣味でパラグライダーをしていること…。何でもない会話かも知れませんが、信頼を構築する上では欠かせない個人情報です。こんな小さなことから、交流の輪は大きくなります。

 それにしても馬先生には感謝・感謝です。交流の場を提供いただいたことはもちろんですが、付属中学の生徒の仙北市派遣、そしてチャーター便の決定など、本当にありがとうございます。

皆さんを心からお待ちします


台湾新幹線で台北へ。駅から更にバス移動で南投県埔里鎮(プーリー市)へ。プーリーは美しい町でした。日月胆と言う景勝地があったり(時間の関係で見学できず)、また農業が盛んな土地柄と言うこともあって、何だか仙北のニオイを感じます。

 角館高校おやま囃子同好会の面々と、次の訪問地「国立チナン国際大学付属高級中学」'へ。ここでも熱烈歓迎。たまたま休み時間のタイミングで到着したこともあり、校舎から身を乗り出して「コンニチハ」と声をかける生徒が大勢います。おやま囃子同好会のメンバーも慣れてきて、手を振って応える余裕も見せてくれました。文化交流使節団の風格?を感じます。

 写真は同校の陳校長とお土産交換をしている様子。品物は樺細工の花立てです。この後、公式表敬団はすぐに埔里鎮庁(プーリー市庁)に移動しなければいけない日程で、400人(1学年丸ごと)の高級中学生とおやま囃子同好会の、感動の交流会に立ち会うことができませんでした。本当に残念。ただビックニュースを後で知りました。夜に開催された台湾政府立法院委員の馬文君さん主催の歓迎夕食会で、陳校長先生が「馬先生のお取り計らいで、来年10月~11月の期間、附属中学の生徒約60名を仙北市に派遣することが決まりました」とのスピーチ。皆さんを心からお待ちします。

 さらに馬先生からは「プーリー市と仙北市の親交を深めるため、来年末にはチャーター便を飛ばすことも決めました」との発表。両市の交流はますます深まります。

士林高級商業職業学校でおやま囃子


 11月13日午前9時、台北市立士林高級商業職業学校に到着。通りでバスを降り学舎に入ると、士林の子ども達、黄校長先生などが歓迎のお迎えをしてくれました。たぶん今回の訪台で「私たちを待ってくれた人達がいる」ことを初めて実感した一瞬だったと思います。

 士林商校は巨大な学校です。全校生徒は昼夜合わせて3600人。以前はもっと在学生徒数があったとか。何はさておき交流会場へ移動。この教室は特活などによくつかわれている部屋だと聞きました。そしていよいよ交流会。実は校門で出迎えてくれた子ども達は、この18日から仙北市を訪ねてくれる30人で、その一人ひとりが、手に角館の子ども達のネームプレートをかざし、グループをつくってくれます。テーブルの上には子ども達が焼いたクッキーが用意されていました。おもてなしの心が伝わり、すぐに身振り手振りの会話が始まります談笑もあちらこちらで。後で聞いたら、携帯電湾の翻訳アプリが便利だったと…。時代です。

 士林商校の文化交流の1つ目は、1999年9月の台湾大地震・2011年3月の東日本大震災で両国が助け合い国難を乗り越えたビデオの上映、そして「涙そうそう」の合唱。感動で涙を堪えることができません。角館高校おやま囃子同好会の面々は、どんなふうに感じたでしょうか。どんな風に感じても、それがきっと人生の糧になります。

 ステージを重ねるごとに実力が増すおやま囃子同好会。いつも見聞きしている側からしても、素晴らしい発表です。文化交流の感動が演奏の力になっていることは間違いありません。

2012年11月13日火曜日

台北市で観光商品商談会


 観光PR班による「観光商品販売商談会」の様子。場所は宿泊先となっている福華大飯店の地下2階会議室。台北市内の旅行社34社に参加をいただいての開催で、仙北市の知名度が高まっていることを実感できます。

 自分は商談会が終わりそうなときに、やっと駆け込むことができました。最後に『シメ』のあいさつをしてくださいと言われ、「とにかく一度お出でいただければ、秋田・仙北の良さを実感できると思います」とお話しをさせていただきました。

 商談会終了後も、あちらこちらで担当者が旅行社から質問を受けていました。それだけ興味を感じていただいたと言うこと。良かった。皆さんご苦労様。14日は高雄市でまた開催します。

2012年11月12日月曜日

台湾政府の外交部にて


 さて仙北市が、どうしてこんなに小さな自治体なのに、台湾や台北市のような人口規模も経済成長度もケタが違う行政と外交活動ができるのか、不思議に思う方々もおいでかと思います。当然の疑問です。そこには台湾外交部(外務省)のお力添えがあります。

 写真は、その台湾外交部の心臓部とも言われる亜東関係協会会議室。本日午後一番で訪問しました。中央で自分の右側に座っているのが黄明朗秘書長。私たちがいつも頼りにしている兄貴分と言った人物です。東京都内にある台北駐日経済文化代表所とタッグを組んで、いつも仙北市の我がままを聞きいてもらっています。北投温泉と玉川温泉の温泉協定も、澄清湖と田沢湖の姉妹湖締結25周年記念事業の細部に渡る調整も、サクラの苗木の手続きも、はっきり言わせてもらえば、全てこの黄秘書長のセクションで応援をいただいている事柄です。

 と言うことで、今回は正式にこれまでの感謝と、今後の依頼(例えば台湾スキーチームの田沢湖スキー場合宿誘致など)をお伝えしました。これまで酒席であれこれお願いしてきたことを考えると、今回のスタイルは余りにキチンとしていたらしく、黄秘書長いわく、「何だか怖いですねえ」。なるほど。やっぱり、いつものノリの方がいいかなあ。

仙北の魂サクラを台北市へ寄贈


 11月12日朝、宿泊先だった水美温泉会館を出発。同じ北投地区にある陽明山国家公園を目指しました。ここは台湾の中でも最も歴史が古い国立公園です。台北市内からだと車で1時間ぐらいかかりますが、デートコースとして人気があるそうです。この公園内に青山苗圃試験場があって、仙北市が贈ったサクラの苗木が保管(仮植え)されていました。

 今年の8月、仙北市を訪ねてくれた台北市政府産業発展局の温泉視察団に、サクラの苗木の寄贈を約束し、その準備を進めてきました。本数は最終的には30本になり、今回の訪台で植樹作業も計画していました。でも植物検疫の法的な規制で、入国後2年間の経過観察が必要なことが分かり、今回の植樹は断念。それで「サクラの苗木寄贈式」となったものです。

 寄贈式には台北市政府産業発展局の陳冠甫副局長(自分の左横)の参加をいただき、本当に恐縮でした。陳副局長はごあいさつで、「玉川温泉と北投温泉の協定がご縁で、仙北市と台北市の国際交流が大きく前進した。今回のサクラの苗木寄贈は温泉協定から1年で具体的な市民交流が始まった証。末永い交流を期待する」とお話しをいただきました。自分は「仙北市民のサクラに対する思い入れは尋常なものではない。心から愛していると言っていい。そのサクラを台湾の家族の皆さんにぜひ見て欲しいと思い、寄贈を提案させてもらった。サクラの枝々に花が咲くように、台北と仙北市の自治体交流にたくさんの花が咲くことを期待している」とお話しをさせてもらいました。参加した皆さん、ご苦労様でした。

北投温泉・玉川温泉の温泉協定1周年


 今回の訪台は全部で5班に編成されています。公式表敬班(主に政府との交流や交渉など自治体外交を行う)、観光宣伝班(各地の会場で秋田・仙北をPRする)、文化交流班(角館高校おやま囃子同好会を核とした台湾国内の中・高校青年交流の実施)、登山班(台湾で最も高い玉山=新高山登山隊)、観光交流班(各地での国際交流等に華を添える民謡・手踊り・梵天上げ実演など)です。

 昨日夕方、台北市北投温泉内の水美温泉会館で「北投温泉と玉川温泉の温泉協定1周年記念交流会」がスタートしました。ここで観光交流班(こまち会)が梵天上げを会館玄関前で実演(写真)、また交流会の間中、民謡と手踊り、三味線の独演など、日本文化・仙北文化を披露しました。角館高校のおやま囃子同好会の演奏と踊りには、本当にたくさんの声援がありました。子ども達の戸惑いや期待感などが、今回の交流の一番大切な部分なのかも知れません。

 自分は初めのごあいさつで「温泉協定を締結いただいた後、玉川温泉では悲しい雪崩事故が起こりました。その時も北投温泉の皆さんから励ましのメッセージをいただきました。日常的に往来できる距離ではありませんが、心が繋がってさえいれば頑張れます。この後、北投温泉と玉川温泉は、観光産業を基軸に医療や福祉の分野で、その可能性を探り合い連携を更に深めていきたいと思います。そして今回参加してくれた高校生世代のように、両国の若者にも交流の輪が広がることを祈念します。どうぞこれからもよろしくお願いします」とお話しをさせていただきました。

2012年11月11日日曜日

秋田発、チャーター便で台湾へ


 トランス・アジア航空チャーター便で秋田空港を出発。北投温泉(台北市)と玉川温泉の温泉協定1周年、そして澄清湖(高雄市)と田沢湖の姉妹湖締結25周年を記念し参加した仙北市関係者は107人。飛行機は170人乗りですが、残る席は山形県にお声かけをして参加した皆さんです。残席は4つしかないとのお話しでしたので、166人が乗っている計算です。夏の台湾訪問で、チャーター便の運航をお願いしていましたが、今日までに5便が発着していて、今日は6便目のチャーター機となります。成果が出ていて嬉しい!。

 さて4時間弱のフライトで機は台北桃園空港に。入国審査は政府外交部のお計らいで難なくスルー。でも観光商談会用の備品や祝賀会用品などが物凄い数になっていて、箱数で46個にのぼります。角館高校のおやま囃子同好会の子ども達が演奏に使用する太鼓などもあって、この荷物がちゃんと届いているのか、確認するまで少し時間がかかってしまいました。

 写真は手荷物を待つ角館高校おやま囃子同好会の面々。台湾国内の高校や中学校との文化交流が、今回の台湾訪問の大きな目的になっています。みんなガンバレ!。海外経験を積み重ねて、国際派に大きく育て!。