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クネユスリ(くね揺すり)は、仙北市角館の中川地域に棲む妖怪です。くねは方言で生け垣のこと。姿が見えないのに生け垣が揺れている…、これはクネユスリの仕業です。
でも、どうして生け垣を揺するのかは不明です。そこでクネユスリの気持ちを理解するため、私も生け垣を揺すってみることにしました(さすが妖怪トラベラー!)。しかし…、幾ら揺すっても分かりません。地元では無害な妖怪、いたずら好きな妖怪と言われていますが、もしかしたら本当にそれだけなのかも…。
写真は、中川地域の◯◯さん宅の生け垣を揺すっての実験風景です。通り過ぎるクルマにかなり怪しまれたような…。
※本日の午後に600万歩を達成しました。
※2022年が暮れようとしています。皆さまには大変お世話になった1年でした。どうか佳いお年を…。
もしかしたら実現できるかも…、と思っていた1年600万歩(1ヶ月50万歩)にあと1万3000歩。明日、31日の大晦日が勝負です。
2022年は、8月以降は1ヶ月60万歩オーバーで歩くことができました。山手線一周ウォークも楽しかったし…。そんな貯金で1月〜4月の不足分をカバーしています。600万歩だと距離換算で4000キロ。鹿児島の天文館まで歩いて、黒豚ラーメンを食べて帰ってきた勘定です。
さて、2023年は…。
仙北市西明寺の八幡神社に祀られている“ならのき石”です。伝説では、丑三時(うしみつどき:午前2時から2時30分ごろ)になると一つ目の大入道が現れて…。
「秋田の伝説」(長山幹丸著)によると、「一つ目の大入道は通行人を襲ったり人家に乱入したりで、周辺の人々は困り果てていました。原因を占ってもらうと、大入道の正体は北外れの墓地のならのき石とのこと。ある夜、墓地を通った慈明院法師の前に大入道が現れ、ものすごい勢いで掴みかかってきました。しかし法師は剣の達人で腰の一刀を抜いて応戦。スキを見て斬りかかるとガチっと音がして…。翌朝、法師が墓地に戻ってみると刀傷のついた石が横たわっていました」。
勝手に除雪隊ウォーキングで立ち寄りました。写真では分かりにくいのですが、刀傷と思われるクボミ、あります。
おせち料理のあんこ担当として、変幻自在の新年に向け七色あんこを作りました。
写真の真ん中はベースの白小豆、その奥の赤はビーツ、紫は紫芋、黄は南瓜、緑は掛川茶、青は蝶豆茶、黒は普通の小豆です。綺麗な色が出たので、あんこ玉にしてお皿に盛り付けてみました。
ん?、と言うことは、赤と白でピンク、黄と緑で黄緑、青と白で水色…ができる?…。
おせち料理で何を担当すべきか…、参考資料を探しに本屋さんに行って見つけました。BRUTUS(マガジンハウス)の別冊特集がど真ん中です。決めました、私は…。
あんこを作ります。理由は…、「なにしろ、あんこ好きなもので」(本誌記事)。それに自家製産の良い小豆があるし、最近も小豆を美味しく炊いています。カスタードに比べたら経験値が幾らかは高いかと…。おはぎ、たい焼き、お団子、どら焼き、豆大福、いえ、カラフルなあんこ玉も楽しそう。
これ、おせち料理かどうか疑問です。でもイイじゃないですか!。そうそう、私はシュークリームもプリンもカヌレも大好きです。
※表紙と豆大福とたい焼きの写真は同誌から。
ABS秋田放送の酒井茉耶アナ、えび☆ステ・スタッフの皆さんと仙北市。年明け初回の“茉耶が向いまっさかい”は角館から。今日はそのロケで…。
皆さんから取材のご協力をいただきました。ありがとうございました。私は水先案内役でしたが、切り口を変えて見ると新発見の連続で…。改めて角館の町や人の魅力に気づいたロケでした。写真右中のキングギドラは駄菓子屋◯◯◯◯さんで見つけました。ファン垂涎のフィギュアです。
と言うことで、妖怪トラベラーとしては見過ごすわけにも行かず、何よりビックリする安さだったので連れて帰りました。モチーフは龍ですから、ゲンを担いで手のひらに乗せ眺めています。
大好きなホイットニー・ヒューストン。もう逝って10年になります。そんな彼女の自伝映画「I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」を観ました。聖夜にふさわしい歌姫ギフテッドとの再会です。
映画でホイットニー・ヒューストン役はナオミ・アッキー。アッと思って調べたら、やっぱり…。「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」(3部作最終話)の彼女です。物語はデビューとその後の成功、円熟、家族を持った後の苦悩、麻薬の常習、治療、復活、そして…と続きます。その間、大好きな歌が映画館の最高の音響システムで再生されて大興奮。映画館でコンサートの疑似体験、ありです。
年明け後、都内や名古屋、大阪で「ホイットニー・ヒューストンのホログラムコンサート」が開催されると聞きました。まだチケットとれるかなあ。
※写真は同映画より。
クリスマス・イブの今日、第45回児童生徒県南美術展を鑑賞。秋田県南の69小・中学校から出展された862点の作品は、きっと子ども達からのプレゼントです。
毎回この美術展で、私は勇気とか元気とか将来への希望とか、そんなエネルギーをいただいています。平福記念美術館の展示ホールに、未知の宇宙空間みたいなワクワクを感じます。中でも気に入った作品を紹介すると…。右上から横手市立吉田小学校3年・加藤愛結さんの「くもの上のねこ列車」、右中は湯沢市立湯沢北中学校・渡部香里奈さんの「私の中にいる妖怪アサアクビ」、右下は大仙市立中仙小学校・小畑祐星さんの「ドラゴンカー」。他にも多数。ぜひ足を運んでください。
皆さんには、この後も個性的な作品を書いたり作ったりして欲しいです。ガンバレ!。
ABS秋田放送えび☆ステ「今週のひとことコーナー」は、「機を逃さずいま始めよう 今日さく花も明日は枯れる」です。秋田の食文化を守り、事業継承する取組みに感動しました。
クリスマスシーズンの生放送と言うこともあり、私はトナカイです。胸元にぶら下がる2本の空気溜めを握ると、耳が勢いよく立つキャップが楽しくて…。さて、アマゾン日本ストアで紹介した秋田の逸品は、三浦米太郎商店(にかほ市)のハタハタ寿司でした。試食もしましたが本当に美味い!。この10月に4代目となった三浦大輔さんは39歳、先代の悦郎さんは未だ60代だとお話ししていました。若い社長がさらに若い社長にバトンを渡し、次代の会社づくり、商品開発、社会貢献に取組む姿に感動しました。
社長交代、事業継承は大変なエネルギーが必要なはず…。そして花が咲いているうちは、その態勢をキープしたがるのが人情です。でも今日の花は明日に枯れるかも知れない、順調なときにこそ次代の姿を模索しよう、そんな哲学がビンビン伝わる三浦米太郎商店のハタハタ寿司でした。
お忙しい皆さんに代わって、冬至に食べたい南瓜と小豆のいとこ煮を作りました。自分で言うのも何ですが…、美味しい!。この南瓜、ブラックのジョーがホクホクです。
南瓜と小豆は従姉妹なのかと思いましたが、そうではないようです。「それぞれをメイメイに煮る」とか、「つぎつぎにオイオイと煮る」とか、その辺りが語源みたいです。小豆を炊くのも久しぶり、南瓜は初めての調理素材でした。それでも美味しくできたのは…、南瓜の品種ブラックのジョーのおかげです。市内角館の佐藤種苗さんに感謝です。
時間があったら、柚子湯に入ってください。丁寧に季節を感じることは、きっと体に良いはずです。
天気が落ち着いたので田沢湖ウォーク。昼食は湖畔にモンベル(mont-bell)レストランを開店し、お湯を沸かしてカレーリゾッタをいただきました。これは美味い!。
いつものポケットストーブと固形燃料、コッヘル、そしてモンベルのカレーリゾッタを持って出発。これ、初めてでしたが便利です。容器の底が広がって自立するし、アルファ米なので熱湯3分でご馳走が完成します。水でも可、そのまま食べるとスナック菓子のような食感です。
あぁ、福神漬けを持って来るんだった!。
まさか「ひどい民話を語る会」(角川書店刊)に、あの禁断の民話が登場するなんて…。あらすじは紹介しますが、お食事中の方、潔癖症の方は読まないでください。
武藤鐵城(考古学者・民俗学者)が、昭和16年発行の「旅と伝説」に書いて世の中に知られるようになりました。題名は“林檎の怪”です。角館に伝わる林檎の妖怪と爺のお話しで…。
《あらすじ》
一人の爺が住んでいました。ある晩のこと、この爺の家に妙なものがやって来て、「爺、糞をご馳走してけれ」と言いました。呆れた頼みでしたが、爺は願い通りに糞を出してご馳走します。妙なものは「美味しい、美味しい」と喜んで全部食べてしまいました。満足した妙なものは帰り際、今度は自分の尻からホヤホヤの糞を出し、「爺、これを喰え」と言います。あまり何度も強いるので、決心して食べてみると…、糞は頬が落ちるくらい美味しいものでした。それからというもの、この妙なものは毎晩のように爺の家を訪ね、お互いの糞を食べ合うようになりました。しかし、これは普通ではないと爺は思い、夢中で糞を食べている妙なものに、隠してあったナタで切りつけました。妙なものは悲鳴を上げて逃げ去ります。夜が明け爺は妙なものの足跡を辿って進むと、裏の畑に生えていた大きな林檎の木に行き着きました。妙なものの正体は林檎でした。その木の幹には昨夜に切りつけたナタの傷が生々しく残っていました。爺が食べた妙なものの糞は、実はこの林檎の腐った実でした。
すごい世界観です…。
ずっと前にネットショップで買ったスナフキンのピンバッチ。しばらく姿が見えなかったのに、今日ふらっと目の前に現れました。そうか、旅から帰ったんだ…。
今日もあっちこっちで雪かきです。除雪事故が起きないよう皆さんご注意を。私は歩数確保と筋トレ気分でルンバのように動き回る作戦。そして目標達成!。それで夕方からトーベ・ヤンソンを調べていて…、大好きだったスナフキンのピンバッチを思い出しました。どこだっけなあとガサゴソ探したら、あれっ?、居た!。えっ?、ずっとここに居た?。
この前はここに居なかったよなぁ。そうか、旅から帰ったんだ…。
朝からの除雪で全身に疲労感。その後は日課の2万歩ウォーキング。秋田県南部には大雪警報が発令されました。明日も雪寄せ本気でやるぞ!。そして冬至には…。
今年の冬至は12月22日です。冬至は1年で一番に昼が短い日(一番に夜が長い日)で、陰陽で言うと陰が極まる日になるんだとか…。でも、ここからまた日が長くなって、陽の気が日一日と満ちて春に向かいます。そんなことから、一陽来復は、“冬至を境に運が向いてくる、悪いことがあった後には良いことが起こる”の意味で使われています。
さて冬至には柚子湯です。柚子湯は風邪予防や肌荒れに効果があると言われています。柚子を2〜3個お風呂に浮かべて、香りを楽しみながら長湯したい…。
AKT秋田テレビの土曜LIVEあきた。羽後町で始まった高校への学校給食提供についてお話しをしました。
羽後町は、小・中学校の給食を作っている調理場に余力が生まれたこと、また新たに高校担当の栄養士を配置できたことなどで、8月から町内の県立羽後高校の生徒(希望者)に給食の提供を始めました。高校の魅力づくりや特色化、保護者の負担軽減などに効果が期待できる町の単独事業です。県立高校の生徒に町の調理場から給食を提供する…、これは自治体間の財政規律にも配慮対応があったと推察します。基本的には県立の施設運営は県の財源を、市町村立の施設運営は市町村の財源を充てることが通常です。仙北市も県立角館高校の台湾への修学旅行に補助をした経緯がありますが、その際も様々な財政議論がありました。
高校の学校給食の提供は、条件が整わなければ実現は難しいことでしょうが、秋田県の少子対策に有効だと思います。食育、食を通じた地域理解、農業生産など経済活動にも資する取組みです。県や市町村と言った縦割りを乗り越えると、利便性や効果が向上できそうな場面、他にも色々ありそうです。
※写真はコメンテーターの奥真由美さんと。
ABS秋田放送えび☆ステ「今週のひとことコーナー」は、“人も暮らしも美しい 詩の国秋田”です。テレビで歌ったのは初めてでしたが…。
コーデ対決は相場詩織さんが優勝、2位が小麦さん、3位が鴨下望美アナでした。リハーサルを見て思いついた言葉です。「秋田に生まれた人はもちろん、秋田に暮らす人が美しいのは、秋田の風土、例えば自然や気候、水や食べ物、もしかしたら不便や不自由も人を磨くパワーになっているのでは…。暮らしが美しいから人も美しくて、県民歌にある“詩の国秋田”のワンフレーズが、まさに秋田を一言で表している」と…。
それで、本番で♪山水みなこれ詩の国秋田♪と一節…。テレビで歌う夢が叶った!。
歩いて、除雪して、修繕して…、今日は一日中ほんとに寒かった。夕方、ご褒美に雪見の露天風呂へ。車で30分すこし走れば全国の皆さまが憧れる温泉郷がそこここに。幸せ!。
朝のウォーキングは、いつものコースが降雪で水浸し。かき氷の中を行進している感じが楽しい経験でした。その途中、地区のゴミ収集所で今シーズン初の“勝手に除雪隊”。帰ってから自宅前の除雪、そして昨日の強風で壊れたパイプハウスの修繕…。おかげで身体が冷え切ってしまいました。
と言うわけで駒ヶ岳温泉(写真)。場所は田沢湖の水沢温泉郷です。もう少し進めば高原温泉郷、そして乳頭温泉郷と続き…。全国の皆さまには申し訳ない場所に住んでいます。
「あきた怪異幻想譚」(加藤貞仁著・無明舎1986年刊)には、角館に住む炭焼の男が龍宮城に行った物語が掲載されています。
信心深いその男は、毎年正月になると松とゆずりはを桧木内川に流し、遥かな龍宮を拝んでいました。ある年の正月に男が橋のたもとに行くと、美しい女が立っていて「目をつぶってください」と促します。言う通りにしたら龍宮城を訪ねていたそうです。ここで4日間ご馳走になって角館に帰ると、200年の歳月が経っていたと言うお話しです。男は余りの時間の経緯に驚き涙します。その涙で体が溶け全ては土に帰ってしまったと…。
龍宮城伝説は全国にあります。兵庫県豊岡市、群馬県伊勢崎市、岐阜県輪之内町…。角館の竜宮城伝説を私は知りませんでした。主人公が炭焼きになっているのも面白いなぁ。
ウォーキングでお会いした佐藤さんが、「好きなだけ持ってけ」と言ってくれて…。畑に残ったキウイをいただきました。ジャムにしたら甘くて酸っぱくて美味しい!。
今年もいっぱいジャムをつくりました。イチゴ、桑の実、赤スグリ、ブルーベリー、すもも、ぐみ、キウイ…。その気になれば、一年中だって手づくりジャムが食べられます。これって本当に贅沢な暮らしだと思います。
この後は柿ジャムづくりです。柿は加熱すると渋戻り(タンニンが熱で水溶性に戻る)したり、色が黒くなって綺麗に仕上がらなかったり…、この2つが大きな課題です。
友人の還暦お祝いで、イチゴとたつこのデコレーションケーキを作りました。こりゃ、なっかなかの出来ばえです!。
先月、田沢湖ジェラートの今季販売を終えました。たつこのクッキースプーンが大人気でしたが、そのたつこに再登場をいただき、ケーキ中央の青い田沢湖(バタフライピーを煮出して作ったゼリー)に立ってもらって…。イチゴの赤、湖面の青、還暦を示す60は緑、周囲のホイップクリームは真っ白です。こんなに色がゴチャゴチャなケーキは滅多にありません。
友人には喜んでもらったので良しとしましょう。
私、62歳と5ヶ月。高齢社会白書(厚生労働省)の男性健康寿命は72.68歳で、人生時計だと20時48分です。おーっ、ゴールデンタイムだ!。
人生を1日24時間と考え、時計の針で可視化する人生時計。平均寿命と健康寿命の2種類があります。私の場合、平均寿命で計算すると18時33分でしたが、ここは健康寿命の方がリアルです。そもそも人生時計を考案した理由が、「嫌なことはやめて、好きなことで人生を埋め尽くす」残時間の確認だったと…。大好きな考え方です。
20時48分、まだまだ夜はこれから!。
今日はAKT秋田テレビ“土曜LIVEあきた”で、洋上風力についてお話しをしました。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は大賛成です。でも…。
2050年にカーボンニュートラルを実現するには、思い切ったエネルギー政策が必要です。日本はエネルギー消費量が世界4位、反対に自給率は10パーセント程度で、主要先進国の中では最下位グループ。確かに風力は有望なエネルギー源ですが、その他にも再生可能エネルギーで言えば、水力、地熱、太陽光、木質バイオマス等があります。ただ、環境負荷や既存産業への影響(風力は漁業他)から、それぞれが有する長所や短所で合理的な組み合わせが必要です。二酸化炭素を排出しない原子力発電所(10基は稼働)は、今後どうするのでしょう。国全体のエネルギー政策がどこに向かい、その中で秋田が果たす役割、地域の恩恵を引き出す工夫、そんな一つ一つが見えていないのは私だけでしょうか。分かりやすいのは電気料が安くなることなのですが…。
しかし、間違いなく秋田沖の風力発電はビックプロジェクトです。次代の宝にする県民総参加の知恵だし、県内企業は貪欲なアプローチ、しましょ!。
ABS秋田放送えび☆ステ「今週のひとことコーナー」は、“霏々と雪 野に海に キラキラの愛を刻め”です。にかほ市の名物はたくさんありますが…。
今年も何度にかほ市に向かったことか…。野も海も、いちじくも牡蠣も大好きです。ふるさとアクションで酒井アナが訪れた日は雪模様で…。それでフリップは、霏々(ひひ)と雪の書き出にしました。霏々は絶え間なく降る雪(雨)を表す言葉です。番組では相馬さん宅のクリスマスイルミネーション(17メートルのヒマラヤ杉)、ペーターさんご夫妻のパン屋さん、秋田さんの鮮魚店を紹介させてもらいましたが、皆さんからご家族の絆を強く感じました。名物を支えているのは、イルミネーションのようなキラキラの愛です。
さて、12月7日は二十四節気の大雪(たいせつ)でした。この時期、クマは穴に入り春を待つ態勢に、鮭は生まれ故郷の川を登って産卵です。生物はもう次の春の準備が始まっています。私たちは…。
一昨日、柚子をいただきました。昨日は映画「土を喰らう十二ヵ月」(監督脚本:中江裕司)を観て…、それで柚子味噌のふろふき大根を作ってみました。
映画は水上勉さんのエッセイが原案でした。土には先祖の魂が宿っていて、土から採れたモノは手をかけていただく…、最近の自分もそんな暮らしが大事に思えています。さてお料理です。おろし金で柚子の皮をおろし、自家製味噌、みりん、お酒、砂糖を合わせ、これを火にかけて美味しい柚子味噌ができました。次に大根です。先ずお米のとぎ汁を鍋に入れ、面取りした大根に隠し包丁を入れて一度熱をかけ、昆布だしで時間をかけてコトコト炊き上げました。
季節を感じるご馳走です。どうぞ召し上がれ。
ウォーキングで玉川沿いを下り、桧木内川との合流点から今度は北上。鵜ノ崎橋の下にスターバックスコーヒー橋の下店を臨時オープン。美味しい!。
昨夜から適度な雪が降ったので、とかして野外でコーヒーを飲むことに…。ザックに道具を背負い込んで歩き出し、鵜ノ崎橋の下でスターバックス・ハウスブレンドコーヒーをいれました。寒さで美味しさも倍増です。
さて、次はどこでお店をオープンしましょうか。
秋田公立美術大学で、はちプロ学生部の皆さんと環境再生ワークショップ。太郎伝説をゲーム化して活動の裾野を広げる提案に、皆さんから多くの意見がありました。
はちろうがたプロジェクト(以下、はちプロ)は、八郎湖の環境再生や文化資源の継承を目的に設立されたNPO団体。学生部は秋田美大と県立大の若い皆さんが参加していて、最近はモグ(八郎潟が干拓される前から自生していた水草)の復活で、湖の環境再生を進める活動にも取り組んでいます。私は太郎ウォークを紹介したり、田沢湖再生のヒントを探るワークショップになりました。
太郎伝説のゲーム化構想は、はちプロの鎌田洋平・事務局長のアイディアです。とても面白いです!。
来訪神なまはげに会いたくて、男鹿市北浦のなまはげ館へ。市内60地区・150体を展示する「なまはげ勢ぞろいコーナー」は息を呑む迫力です。でも単純な疑問が…。
なまはげの顔や顔色は多彩です。県内各地で道祖神めぐりをした時も、それぞれの神は個性的でした。そして説話を聞くと必然の意味がありました。同じ様になまはげのカタチや表情、顔色にも意味があるのではないか…、そう思えてなりません。仏教界では鬼の色は5色で、それぞれが煩悩(五蓋:ごがい)を表していると聞きました。赤は貪欲(どんよく)、青は瞋恚(しんに)、黄色は悪作(おさ)、緑は睡眠(すいめん)、黒は疑惑(ぎわく)です。
なまはげは神の使いですから、仏教のそれとは違うのかなあ…。
左は田沢湖畔に建つたつこ像、右は岩手県立美術館の聖セシリア像です。いずれも舟越保武さん(1912年〜2002年)の作品ですが、たつこ像に手を合わせたくなる理由がやっと分かりました。
舟越さんは1912年に岩手県で生まれ、学生時代を東京で過ごします。戦争で盛岡に帰り多彩な活動をしている中、1950年に長男が急死。これを機に盛岡のカトリック四ツ家教会で家族全員が洗礼を受けました。たつこ像に愛や慈悲を感じるのは、舟越さんの信仰や宗教観から当然のことだったのです。もしかしたら、たつこ像も聖セシリア像も、舟越さんにとってはマリア様だったのかも…。
ところで、舟越さんのエッセイ集「巨岩と花びら」に、たつこ像を制作する時の逸話が記されています。少し長くなりますが掲載します。
「私は郷里の盛岡から田沢湖へと仙岩峠を車で越えた。毎年、春には雪のために荒れた峠の道で、あちこちに道路工事の作業の人が働いていた。中には女の人も、すげ笠をかぶって男たちと一緒に働いていた。その中の一人の娘さんを車の中から見て、これだと私は思った。ほんの数秒間の出来事であったが、あれこれ迷い探していた“たつこの顔”を、そのすげ笠の下に見た。峠の道で毎日働いていて、何故こんなに美しいのだろうと私は不思議でならなかった〜」。
寒い冬の朝、いつものウォーキングコースが本当に美しくて…。
湯気を上げる田んぼの籾山、真っ赤なポストと長い影、羽を休める白鳥の群れ、小屋の中にはモノトーンのイブリ大根、オレンジの太陽、青い空、枯れ葉を覆う白い雪…。
雪(冬)の匂いも大好きです。色に臭いが重なって記憶に刷り込まれます。贅沢なウォーキングをしているなあ…。
ABS秋田放送えび☆ステ「今週のひとことコーナー」は、“この一年、人も畑もご苦労さん、しっかり休んで、また頑張ろう”です。確かに大変な一年でしたが…。
今朝のサッカーW杯で興奮したままスタジオに飛び込んでしまい、支離滅裂と思った方も多いかと…。いえ、そうではありません。ふるさとACTIONで特集した能代市のVTRで感じたままを文字にしました。薪カフェの近藤さん、バーバー田口の田口さん、ネギ生産農家の田中さん、皆さん大変な一年だったと思います。サッカーの森保さんも堂安さんも田中さんも、コーヒーカップもハサミも畑も、ボールだって我慢の一年だったろうと…。ピンと張った糸が切れやすいように、少しの遊びや休みは必要です。自分が頑張り続けると、周囲で頑張っている人を応援する余裕がなくなります。同じ時代に偶然に生まれたのですから、お互いを応援し合いましょうよ。
と言う思いをお伝えしたかったのです。バタバタしたまま来年を迎えないよう、12月は一番に忙しい月だからこそ、立ち止まったり一息ついたりしたいものです。12月を来年の作戦を考える月間に…。
2022FIFAワールドカップ、日本がスペインに勝った!。すごい!
日本、決勝トーナメントに出場決定。あぁ、すごい!。すごい!。
監督、選手たちの挑む姿に感動!。
昭和43年5月12日、たつこ像建立除幕式が行われました。式典で披露された田沢湖讃バレエは熊谷重子さん(秋田市)の創作です。当時の状況を熊谷重子さんにお聞きすると…。
「小畑知事が田沢湖にたつこ像を建てるので、除幕式に像の前で踊って欲しいと県の観光課からお話しがありました。讃歌は詩が富木友治さん、曲が小野崎孝輔さんと知った皆さんでした。歌(今村洋子さん)をテープに入れてもらい、たつこ像を作った舟越保武さんからは、たつこ像の制作風景なども写真で送ってもらって、バレエのイメージを膨らませました。除幕式の後、西明寺中学校からバレエを子ども達で受け継ぎたい、そんなお話しが県を通じてありました。それで西明寺中学校にお伺いし、子ども達にバレエを教えました。踊りは式典の時から子ども達でも踊れるように作り直したものです。2年ぐらい(たぶん4回ぐらい)は学校に行ったと思います。発表の場面では衣装も必要だと思い、ドレスを作ってプレゼントしたんですよ」と。
田沢湖讃バレエは、その後も成人式や学校祭などで披露されてきましたが、今は継承活動が休止しています。地域が学校と一緒に再開の糸口を探ってみてはどうでしょう。
※白黒写真はたつこ像除幕式から。カラー写真はその後の継承活動から。