2014年7月27日日曜日

三浦雄一郎さんのお話

先週、「大仙・仙北・美郷北都会」で三浦雄一郎さんのお話しを聞く機会に恵まれました。70歳になってからエベレストに登り、75歳、80歳と山頂に立った三浦さんの、登山に至るまでのお話が本当に素晴らしく、勇気をいただいた思いです。少しご紹介します。

 ~青森県で生まれました。大学は札幌(北海道大学)でしたから、スキーばっかりやってました。東北・北海道のスキー場はほとんど滑っています。たざわ湖スキー場にはよく来ていますよ。鳥海山には登ったことがなくて、いつか必ずと思っています。先ずスキーのことからお話を始めますが、アマチュア競技スキーで、いくら頑張っても一番になれませんでした。別の道を一生懸命に考え、プロスキーヤーとして頑張ったら、これが世界8位になったり。スピード滑走でギネスブックに載ったり…。世界7大陸最高峰全峰から、スキー滑降を全部成功させました。

 ところが全部終わったら、目標がなくなってしまって。しばらく怠惰な生活をしました。結果、体重は90kg近くなり、血圧は200、不整脈も出ました。心臓が良くなかった。それで3回心臓の手術をしました。
 父の敬三もスキーをしたり山に登ったりする人で、その父が99歳でモンブラン氷河の滑降に挑戦をする姿や息子達をみて、65歳の時に5年後の70歳でエベレストの山頂に立つ目標を定めました。最初は裏山にも登れなかったくらい体力はなかったのですが、外出時には両足に重りを付け、重りを入れたリュックを背負うトレーニングをずっと続けました。目標はしっかり70歳で達成し、世界最高齢ということでギネスブックにも載りました。3度目のエベレストの山頂で、もう来ることはないのかなと思って、1時間近く留まっていました。酸素ボンベがなければ生きていられない世界で、そんな長い時間居いたものだから、下山の体力を消耗し切って、ベースキャンプのテントを貼りっぱなしにしていなかったら、僕は皆さんにお会いできていなかった。神様に助けてもらいました。~

 講演会の後の懇親会にも、三浦雄一郎さんは出席してくれました。席順に恵まれ、自分は隣に座り、続けてたくさんのお話をお聞きすることができました。

 「ご覧の通りメタボです。三浦さんの両足ウエイトトレーニングやってみようかな」とお話をすると、「あれは調整がなかなか難しくてね。でも靴の底に重しの入った靴が販売されているから、それを買った方がイイ」。「それ何処で売ってるんですか」。「後で自分の事務所から連絡を入れよう」。

 懇親会の半ばでお帰りになる少し前、秋田のお酒を気に入って呑んでくれた三浦雄一郎さんに、「人には明日を生きる理由が必要なんですね」と尋ねると、にっこり「そう」と一言。
 魅力的な人でした。

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