2011年3月30日水曜日

現地と仙北市民の架け橋に


 本日午前2時、支援本部職員がリクエストをいただいた塩200㎏を積み、岩手県大槌町へ出発。さきほど無事送り届けた旨の連絡を受けました。また朝には、仙北市内のソバ生産組合の皆さんが大槌高校での炊き出しに出発しました。

 ところで塩を何に使うのかなと思っていたら、炊き出しの〝おむすび〟なんだそうです。40ヶ所ぐらいに分散している避難所に、一袋25㎏入りでは大き過ぎるのではと心配でしたが、現地ボランティアが小分けしてくれるとか。

 そのボランティアの活動も、現地では被害が甚大な海岸部以外、例えば同じ町内の内陸部の住民が大きな役割を果たしています。季節的に今後は農作業が忙しくなり、比例してボランティアの手数が少なくなることが心配されています。

 そこで仙北市として、現地に駐在所を開設できないかを考えています。現地の災害対策本部と連携し、ご迷惑をかけることなく、仙北市民などが現地で行う炊き出しのコーディネイト、物資供給などの円滑化が期待できます。被災地との架け橋です。

※写真は神代カレーの炊き出し風景。どこでも人気です。

2011年3月28日月曜日

田沢湖消防分署に高規格救急車


 高規格救急車が田沢湖消防分署に配備されました。同時に救急救命士の配属もあり、田沢湖地区市民の「いざ!っ」に備えた体制が強化されます。本稼働は4月1日からですが、既に活動を始めています。

 田沢湖地区では、市立田沢湖病院が医師等の確保が困難な状況下で救急指定病院を県に返上。以来、同地区は救急救命の空白地域となっていました。その影響は観光産業にまで波及しています。大曲仙北広域市町村圏組合の栗林管理者は、今日午後に行われた贈呈式(田沢湖庁舎前)で「今回の高規格救急車の配備は、全国共済農業協同組合連合会から秋田県に寄贈された3台の中の1台。地域の安全安心に役だって欲しい」と話していました。

 自分は広域市町村圏組合の副管理者です。当初計画では23年度に広域予算で購入する予定でしたが、救急告示病院へ最も遠距離にある田沢湖地区市民の不安を考えると、一刻も早くの配備が必要でした。そんな中で昨年の夏頃から全国共済のお話があり、田沢湖消防分署への配備について県に要望活動をしてきました。

 今回の配備は全国共済、秋田県、そして広域圏消防の連携で実現できたものです。心から感謝を申し上げます。

2011年3月26日土曜日

温かな食べ物のパワー


 神代カレーの炊き出しに喜ぶ山田町の小学生。みんな良い顔でカレーを食べてくれてます(写真提供は仙北市災害支援本部)。

 「仙北市は市民が行う炊き出し等活動に要する経費を支援します」の制度は、前の書き込みでも報告しました。これまで利用いただいた皆さんは(社)神代活性化協議会・田沢湖水深委員会など。田沢湖水深委員会は17日と23日に大船渡で給水や物資供給を行っています。

 ところで昨日は、避難場所となっている山田高校を会場に、大仙仙北地区の左官業組合の皆さんが焼きそばの炊き出しをしています。あの避難所には500人ぐらいの方々が生活していると思いますが、皆さんの喜んだ顔が思い浮かびます。やっぱり温かな食べ物が元気の活力です。

物資供給隊で三陸へ


 3月25日現在、仙北市に避難されている方々は44世帯115人。福島原発への対応が思うように進まない中、避難者が増えているものと推測します。

 昨日はカップラーメン4000食、米、醤油、それに様々な皆さんから提供いただいた野菜、豆腐などを持参して第3回目の大槌町、山田町への物資供給。横手でカップラーメンを積み込んだ都合上、初めて秋田自動車道で北上~遠野経由で釜石に入りました。ひどい状況です。何キロも手前から自衛隊の野営テントがありました。

 湾の地形が原因なのか、巨大津波に襲われた大槌町は目を覆いたくなる惨状。高台にある中央公民館が災害本部になっていますが、ここで東梅副町長に最大支援を約束。町長が亡くなって副町長の心労はいかばかりか…。

 続いて山田町へ移動、ここでも物資荷下ろし。沼崎喜一町長、佐藤勝一副町長と面談。沼崎町長からは「せっかく避難者の受け入れ準備をいただきましたが、この状況下なので動きが余りないようです。済みません」との言葉。この戦時的事態の中で、町民だけでなく仙北市も思いやる配慮を持った方でした。

 写真は、山田町役場1階に開設されていた安否伝言板。見入る皆さんの背中にカメラを向けるのがやっと。

※仙北市では、市民団体等が被災地での炊き出し活動を行う際の支援制度をつくりました。市のホームページを参照ください。詳しくは支援本部(43-1111)まで。

2011年3月23日水曜日

がんばれ!東北


 3月23日現在で、仙北市に避難されている皆さんは38世帯105名です。福島県からの避難者が続いています。

 写真は田沢湖庁舎の2階、自分の机があるオープンフロアの横壁に貼り出してみました。「がんばれ!東北復興支援」。実は昨夜、角館の桜まつり実行委員会で、「この時期に開催するお花みだからこそ、役に立つことができるのではないか」、また「開催期間やライトアップ、演芸会の規模を再考すべきではないか」などなど、多くの意見が出されました。今一度、各団体に持ち帰り、また週末に集まることにしました。このときに強く感じたのは、みんなが被災地の役に立ちたいと思っていること。

 「がんばれ!東北復興支援」は、何だか力がわいてくるような、絶対に負けないぞ、みんなで助け合うぞ…、の思いを表現したつもり。一人ひとりができることを、しっかりと果たす決意です。

岩手県と市町村の取り組み


 今回の震災で、岩手県及び内陸部の市町村の取り組みを紹介します。岩手県の政策地域部と保健福祉部では、「内陸部(岩手県)への宿泊施設等への一時避難」について情報発信を行っています。

 内容は、岩手県職員及び被害の比較的少なかった内陸部市町村職員が、太平洋沿岸市町村など現地で、地元市町村と協働(現地に行政機能が消滅している場合は県及び内陸市町村の職員)で、一時避難先の照会から送迎車両の確保などの活動を展開しています。主なる避難先は岩手県内陸部のホテル・旅館、公共施設等です。一時避難の期間を2~3ヶ月としていて、延長も含め滞在費は無料です。その間で、仮設住宅、公営住宅、民間アパートの確保を進める連携システムです。

 最近の秋田県内マスコミ報道から、民間のホテル・旅館業の方々が「待っていても被災者は来ない。こちらから迎えに行く」みたいな方向性を感じました。もちろん避難者を思う気持ちからの発言で、ありがたいことだと思います。ただ現状は秋田県や秋田県内市町村が、隣県の責任において、若しくは助けたい一心であっても、(前述した例で言えば)、岩手県の救援システムに、こちらから割り込むことには疑問を感じます。地元にすれば混乱の元になりかねません。だから両県の連携が不可欠なのです。多数の方々が避難所でギリギリの生活を続けています。早くその環境を改善したいと思っている人は大勢います。かと言って県内のホテル・旅館業を営む方々が、個別に被災地に迎えのバスを走らせれば、どんな現象が起こるのか…。それが避難した方々や現地の思いに本当に報いる行動なのか…。

 支援本部(仙北市)では、いつ何時、各県・市町村、または地域・個人から避難要請があっても、瞬時の対応ができるよう、万全の準備体制は当分の間維持します。当然、送迎用のバスも用意できています。

 まず避難者の皆さんの環境を改善すること、そのために官民・県境を超えた体制づくりを進めること、その後は、避難者の今後の人生をどうサポートできるかです。仙北市は、そのための相談窓口の開設を急いでいます。生死を背負って避難して来る皆さんです。お迎えする側にも、生涯にわたって見守る政策の提供が不可欠と思っています。

2011年3月22日火曜日

被災地の気持ち


 ここ数日、職員の災害地への物資救援活動が常態化しています。特に甚大な被害に見舞われた三陸沿岸部へ向け、毎日のように出発しています。

 何度も行けば、先方の方々の気持ちが深く理解できます。避難所にいる皆さんは、体が動けば被災者でありながら救援者になり、地域内で不明の方の捜査に参加し、炊き出しを行い、高齢避難者の話し相手になり…。家族や友人が未だ発見できていない、そんな皆さんが本当に大勢います。仙北市を始め、被害が少なかった市町村や各県では、ホテル・旅館を準備し、まってのそんな方々が、体をゆっくりと休めたいと思うようになるには、たぶんまだまだ時間が必要だと思います。

 秋田県は災害が少なかったことで、避難者を迎え入れる準備を進めています。仙北市も同様です。が、罹災者にどのような支援ができるのか、と言うよりも、罹災者が何を欲しているのかが大事です。災害をこちらの尺度で理解してはいけません。間違われないことです。

 仙北市への避難者は21日現在で26世帯、70人となっています。市民の皆さんのご協力に感謝します。
写真は19日~20日に市で救援物資を運んだ山田町・大槌町の町の姿。廃墟です。