2011年8月14日日曜日

恒例のお盆野球大会


 14日早朝、恒例の中川地区お盆野球大会開会式に参加。しばらく観戦をしていて、お腹がよじれるくらい大笑いができました。

 もちろんファインプレーも出ます。たぶん中川地区の野球レベルはかなり高いと思います。野球が低迷しているといいながら、今でも地区から6チームが参加する〝熱〟がしっかりと継承されています。でも見る側からすれば、プロ野球や高校野球ではお目にかかれない珍プレーの方が楽しいし、何よりか観戦者からの「愛情こもったヤジ」の質も相当なものです。

 もう少し見ていたい気持ちは山々でしたが、能代商業も応援しなければいけませんから…。ということで早々に会場を後にしました。

アリ地獄探し


 小さい頃、夏休み期間中のラジオ体操は神社やお寺を会場にすることが多く、で、だいたいはギリギリに集まって、だらだら踊るように体操をして、その後は上級生から参加した証のスタンプをもらい、それで解散でした。

 ところで、建造物の「床下」のことを、このあたりでは「エバノシタ」といいます。特に神社やお寺のエバノシタにはアリ地獄がトラップをつくっていて、適当な枝を差し込んでアリ地獄を誘い出し、捕獲するのがラジオ体操後の楽しみにもなっていました。

 写真は13日、西明寺大国主神社の脇にあるお墓に参りをした後、子ども達がトラップを発見し、アリ地獄を捕まえているスナップ。思いの外たくさんいましたよ。懐かしいな。

2011年8月12日金曜日

ツール・ド・田沢湖


 まさにツール・ド・田沢湖を見た思いです。平成23年度全国高等学校総合体育大会の自転車競技大会ロードレース会場は、田沢湖周回特設コース。約140人の高校トップアスリートが、集団で湖畔を走り抜けるとき、もの凄い風圧を感じました。スピードとテクニック、落車もありで自転車ロードの激しさを思い知りました。

 ゴールは田沢湖スキー場のレラ駐車場。湖畔を4周した後の登り坂は、本当にハードだったでしょう(車でさえウナッて昇る坂です)に、彼らは鍛えられていました。個人優勝は広島県の大野選手。表彰式でも爽やかそのもの。仙北市実行委員長として閉会のあいさつで、自分は「今日の成績は永遠に刻まれますが、皆さんはここに立ち止まらないでください。そして自身の人生を豊かにするため、日本再生のためにペダルをこぎ続けてください」とお話しをさせてもらいました。気持ち、伝わったかな。

 選手の皆さん、関係者の皆さん、そして市民の皆さん、本当にご苦労さまでした。

2011年8月11日木曜日

駒形での一時


 角館高校の先輩、田口三昭さんと会食の機会をいただき、田口先輩の務める台東区駒形の本社ビル(会社は日本有数の玩具メーカーで、先輩は取締役副社長です)を訪ねました。ビル前には仮面ライダー(写真)やドラえもん、アンパンマンなどの立体像が幾つもあって、自分などはこれだけでもハイテンションになってしまいます。

 さて田口先輩、生まれは旧太田町三本扇、角館高校は自分が入学したときに卒業したぐらいの年の差です。今回初めてお会いしましたが、本当に素晴らしい方でした。実は重要案件をご相談に伺ったのですが、自分の考えの浅さを自戒する結果に…。時間がないからと言って、すぐにできる目先のアイディアよりも、本質的な取り組みの重要性を優しく、温かく諭してくれました。この後は協働作戦も展開できそうです。その成り行きは確かに楽しみですが、それを理由に田口先輩またお会いできることが、何よりも嬉しく感じています。

 秋田は、人物を輩出していることを再認識しました。
 

2011年8月10日水曜日

観光庁と総務省を訪問


 余りの暑さにトケてしまいそうな東京。気を確かに持ってと励まし合いながら、太田観光商工部長と国交省の入っている中央合同庁舎3号館へ。

 溝畑宏観光庁長官との面談は2回目になります。溝畑長官は相も変わらずエネルギッシュ。組織の長はこうでないといけません。9月4日に仙北市で講話をいただく提案は何とかなりそう。各地のマラソン大会に溝畑長官が参加して、大会を盛り上げている話になり、マスコミに乗った「かぶり物(チョンマゲ)」姿で走る溝畑長官の写真も見せてもらって…。思わず「田沢湖マラソンにも参加してくださいよ」と切り出すと、「全国のスポーツイベントを応援するのも観光庁との仕事ですから、もちろん田沢湖マラソンも応援させていただきます」とのお返事。参加は日程的に難しいようですが、観光庁のスポーツ振興担当職員に、視察をいただけることになりそうです。今の規模をグレードアップするために必要な課題をどうやって解決するか、専門家の意見を聞きたいと思います。

 その足で2号館へ移動。ここには総務省が入っていています。大曲養護学校の仙北分校実現に向け、いろいろとご指導をいただきました。これも何とか前に進みそうな感触です。

 とにかく暑すぎて外に出ることが憚られます。夜の企業経営者との情報交換会まで、ホテルに避難します。

食の伝道師「仙北ばぁばs」


 写真が分かり難くて済みません。昨日の午後、食の伝道師「仙北ばぁばs」の初会合が行われ、委嘱状や第1回の意見交換が行われました。

 仙北ばぁばsは、文字の如くお婆ちゃん(お母さん)のことです。特に食文化の豊かな仙北市で、その伝統や技を次代に伝えることは重要な事と考え、市農林部総合産業研究所が中心になって準備を進めてきました。昨日は10名の方々に委嘱状を交付できました。

 2年弱ぐらいで、各地に伝わる季節の料理やそのレシピをまとめ、ばぁば監修の冊子を出したいと考えています。皆さんからも情報をお待ちします。

2011年8月9日火曜日

平和への願い


 仙北市追悼式を挙行。66年前の終戦後、どんなに遺族の皆さんは踏ん張ってこられたことでしょうか…。亡くなった祖母の生き方を見てきた自分も、どこかで共鳴するものがあります。

 式辞で「東日本大震災の被災地に立ったとき、もしかしたら戦地と同様の光景かも知れないと思うと、ただただ恐ろしさで身が震えるばかりでした。原子力が未だ制御不能なものであること、科学力を過信してはいけないという警鐘です。仙北市が災害も争いもない平和なまちになることを心より念じます」とお話をしました。

 遺族会会長の藤原剛さんは、「若き青春の命を、海の中や大陸の雫として散った方々の希望は、故郷に残した妻子や家族、友人達の幸せだったと思います」と声を詰まらせての謝辞でした。

 命がけで守った国は、そんな皆さんの期待に応えられているでしょうか。