2011年4月17日日曜日

中川地域運営田・発足


 15日夜、中川地域運営体の設立総会に出席。会場は中川集落センター。地域内の各集落、各団体、また設立に向けて何度も事前協議を行ってきた準備委員会の皆さん等が集合。スリッパが足りなくなった…ほど、皆さんが参加してくれました。

 はじめに小玉久視準備委員長が、「これからは地域の融和、地域課題の解決、夢の実現、安全対策などに取り組んでいく必要がある」とあいさつ。さっそくの議事となり運営体の発足、規約、事業計画などを全会一致で承認。役員選出では、小玉準備委員長が会長に初代選任されました。

 自分は「今日、4月16日は中川地域にとって大変重要な記念日になる、今日から地域住民の全てを会員として迎えた、新たな地域自治が始まった。子ども達や孫達が住み続けたい、住み続けることができる、そんな地域づくりを市と一緒になって進めよう」とお祝いのお話しをさせていただきました。

 運営体は中川地域の設立で8団体となりました。9地域の全てで運営体が主体となった地域づくり活動を展開できるよう、今後も頑張ります。皆さんのご協力に感謝いたします。

2011年4月11日月曜日

岩手県山田町内に連絡所


 被災地の状況をリアルタイムで把握し、必要な救援体制を即時的に整えるため、9日、仙北市支援本部の現地連絡所を開設しました。

 秋田岩手横軸連携で災害協定を結んでいる岩手県宮古市、さらに周辺の山田町・大槌町を基本的なサポートエリアと考え、3市町の中間点にある民宿四十八坂荘(山田町内)にご快諾をいただいて…。現在2名の支援本部員(建設部所属職員)が常駐しています。

 各避難所の炊き出しは自衛隊が行ってくれていることもあり、今後の炊き出しボランティアは、避難所以外で行われることが多くなりそうです。と言うのも、自宅は何とか残ったけれど、停電・断水・物資不足などで生活できない方々がたくさんいます。そんな皆さんのサポートが課題になっている現状です。そしてこの現状は毎日変化します。だからスピードが勝負です。
 連絡所が皆さんの役に立ってもらえれば何よりです。

2011年4月8日金曜日

昨夜の余震で停電中


 昨夜の11時46分に発生した地震は、宮城県沖を震源としたM7.4の大地震でした。現在も北東北を中心に広域停電となっています。

 発生直後から田沢湖庁舎に詰めて、情報収集をしていました。11日の巨大地震の際に行った地域見守り(独り暮らし・高齢世帯など)を朝から実施しています。人的な被害は今のところ報告ありません。一方、公共施設関係では幾つかを確認しています。国道105号の大覚野峠(北秋田市側)で、200メートルにわたる雪崩が発生していて、現在は通行止めです。また田沢湖高原地区では、配水池の水位が下がり、断水が発生しています。原因を確認中です(市内の各地で、停電による断水が発生していますが、これとは違うような感触です)。
 東北電力の判断で、病院の立地する電送系列を優先通電しています。そんな理由で角館庁舎、田沢湖庁舎は既に電気は復旧しています。

【現状】
※市立病院等では外来対応ができない状況(薬は出せます)。
※西明寺診療所は午前、桧木内診療所は午後に受診可。
※神代診療所は薬を出しています。
※給水車が各地区で活動しています。
※幼稚園・保育園・小学校・中学校はお休みです。
※小学校の入学式は延期です。
※市内3庁舎で携帯電話の充電サービスをしています。
※神代の船山アンバスは通行止め。

2011年4月4日月曜日

塩釜からの写真


 塩釜へ救援活動に行っている市役所の職員から写真付きのメール。朝から何通かやり取りをしていますが、現地では被災者の方々から加湿器を要望されたそうで、現在、庁舎内の連絡網で不要となっている加湿器を集めています。

 さて写真は、今夜開催された自衛隊音楽隊による演奏会の風景。被災者の慰問活動もあちらこちらで行われるようになってきました。いぜん多くの皆さんが行方不明の状況ですが、命を繋げた皆さんは、何かに寄りかかりながらも、生きることへの歩みを進めています。音楽やボランティアの笑顔も、その力を与えてくれるものなのですね。

2011年4月2日土曜日

震災後の仙北市の運営について


 4月1日に職員にお話をさせていただいた、「新年度のあいさつ」から、一部を抜粋してお知らせします。このあいさつは、同時に市民に向けたメッセージとしてもお話をさせていただいた内容です。

 ~はじめに東日本大震災のお悔やみとお見舞い~。東日本大震災に対し、仙北市はあらゆる手法で復興支援に参画していく覚悟です。市民にもご協力をいただきたいと思っています。震災対策は大きく分けると震災地の復興支援と、ふるさと仙北市での産業・経済活動立て直しです。この両面にしっかり向き合って行財政運営に取り組みます。
 大震災は、日本社会のカタチを変える大きな事件で、復興は福島原発の事故対策とあわせ、先行きが全く不透明です。

 先の議会で可決いただいた当初予算、これは震災が発生する前に編成を行ったものですが、震災後に激変した社会情勢と、震災を起点に進めなければいけない仙北市のまちづくりに、はたして対応できるかどうか…、私の認識では厳しいと受け止めています。一刻も早い内外政策の見直しが必要と感じています。
 この際、マニフェストなど市民の皆さんと交わした市政公約は、精査の上でモノによっては「暫時凍結或いは先送り」とし、今この実情に、即時に手を打てる政策財源を確保すべきと考えます。特に強く危機感を抱いている分野は、商工・観光・農業の3部門です。危機状況が最高レベルにあるという私の認識を、ぜひ市民や職員の皆さんと共有したいし、その共有認識を原動力に、これまでの仙北市の産業・経済の構造転換を図りたいと思います。皆さんには戦略的な視点で、政策や施策の提案をお願いします。今後、この方針で議会と協議する心構えです。

 災害が発生する度に思うのは、仙北市の情報受発信能力の脆弱さです。少しずつ強化できていますが、基本的な部分が欠けているような気がします。平時の職員の皆さんの仕事ぶりを市民に伝えるためにも、また市民から思いを引き出すためにも、職員が先頭に立ち、情報の受発信を行える仕組みづくりを急がなければいけません。市民サポートセンターの開設、防災無線等の全市整備、市ホームページや広報のさらなる充実、地域運営体との連携強化などを図ります。そして何より、市民同志・職員同志・市民と職員の間の絆の結び合いを強める必要性を感じます。
 職員の皆さんには、人事異動で要望をなかなか実現できなかったことを、大変申し訳ないと感じています。しかしながら様々な理由があるのも事実で、どうかその点も参酌いただきたいと思います。また同じ職場で机を並べて仕事をしているにもかかわらず、現在も旧町村の垣根を感じる職員が多いと聞きます。その見えない壁こそ、職員が真っ先に乗り越えて欲しいと思います。

 昨年に続き、市役所機能として幾つかの新たな組織を再編成しました。議会でも答弁していますが、この方針は組織拡大路線ではなく、職員数の減少に対応するための小さな行政体づくりに向けた第一歩です。この延長線上に一体型庁舎の有り様が見えてくるはずです。
 新たな職場に着任された職員の皆さんは、おのおのの立場で市民とどのような関係を築けるのか、成果を上げることができるのか、全ては皆さんの取り組みにかかっています。既成概念にとらわれることなく、常に市民の思いを受け止め、法を遵守し、工夫を凝らして職務にあたってください。

 来年の今日を、清々しい気持ちで迎えることができるよう、自分は余事を排除し職務に専念します。市民の皆さん、職員の皆さんのご協力とご理解を心からお願いし、年度当初のあいさつとします。

2つの施設を市社協に移譲


 3月31日、特別養護老人ホームかくのだて桜苑と養護老人ホーム角館寿楽荘の引き継ぎ式がありました。これまで仙北市が経営してきた両施設ですが、4月1日からは市の社会福祉協議会が事業主体となって業務を継続します。

 写真は寿楽荘で、おじいちゃん・おばあちゃんにごあいさつをさせていただいた様子。この市から民間への移譲については、市民の皆さんからも「財政が窮屈になって、それで福祉施設を切っているんだろう」みたいなご指摘をいただきます。財政が厳しいのはその通りです。コストで言えば、公務員が行うサービスコストと、民間が行うサービスコストは、残念ながら差が大きいことは確か。多すぎると言われる市役所職員ですが、大量の退職者が数年続く状況の中で、人材を確保しなければいけないのもまた事実です。

 だからと言って、単純に公務員を引き上げて福祉施設を切る?のではありません。これまでも市の職員が本当に努力をしてくれて、入所の皆さんから頼られ、信頼しあって施設の運営が行われてきました。それをさらに、より専門性の高いスタッフが、より水準の高いサービスを提供できる仕組みを実現したいとの考え方が基本にあります。

 特に社会福祉協議会は、精鋭スタッフをそろえていることや、在宅から施設介護まで、連続したノウハウがある信頼性の高い団体です。これまで以上に入所者の満足度が高まることを信じています。

温かいウドン1000食


 遊々楽々3トピア会議メンバーを中心に、被災地でのウドンの炊き出し隊(実施日は先月30日)。場所は岩手県大槌町の県立大槌高校。仙北市を朝の5時30分に出発し、正午から午後2時まで750食のウドンを提供。さらに「250食のウドンとだし」は、避難所に差し入れしてきたとか。ホカホカのウドン1000食は、避難所の皆さんの気持ちまで温かくしてくれて、大人気だったそうです。

 仙北市内でおソバの栽培などを手がけている同会議。今回はウドンをひっさげての炊き出しボランティアです。大槌高校には約1000名の皆さんが避難していて、その一人ひとりにご馳走したいと、大量1000食を準備しての出発でした。

 参加した皆さんは「被災地の悲惨な光景は想像を絶するもの。今回で終わることなく、自分たちでできることを今後も続けたい」と話しています。