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デビュー間近と聞いていたクニマス焼き。その練習焼きの一尾をいただきました。焼き型から溢れた生地も整形していない、生まれたてのクニマス焼きです。
松田貴実夫さんが取り組んできました。キッチンカーも完成し、年内中に営業に出たいと言っていましたが、お話しの通り間に合いました。さすがです。クニマス焼きはアンコが甘過ぎず、また一尾のボリューム感も頃合いで、お腹が減っていたらもう一尾くらい欲しくなる大きさです。とても美味しいです。
新しい名物の誕生に立ち会っているような気持ちになれました。松田さんありがとう。頑張れ〜!。
AKT土曜LIVE!あきた。コメンテーターの毛利菜摘さん、奥手は武田哲哉・佐藤愛純アナです。男鹿地区と湖東地区の消防本部統合について、思うことをお話しをしました。
〜消防は地域住民の安全と安心を守る最重要の業務ですよ。でも特に秋田のように高齢化と人口減少のスピードが早い県では、若手パンパワーの確保が難しかったり、財政基盤が脆弱で思うように消防資機材の購入や更新ができなかったりと、現体制の対応では困難な場面が起こる心配がありました。もともと当該5市町村は消防業務を2つの一部事務組合(行政の一部の業務を複数の自治体が協働する特別地方公共団体)で実施してきましたが、これを来年の4月から統合し広域化して1つの一部事務組合で行おうと言うものです。かかる経費は5市町村で負担し合い、人材も広域から募り、住民の日常を寄り添い守る消防組織の立ち上げだと受け止めています。この広域化で実績をあげ、県内・県外で難儀している皆さんの良い先行事例になって欲しいと思います〜。
火災や救急、恒常化した異常気象の災害対応などで、消防士の命がけの活動を目にします。地域の消防団の皆さんも同様です。本当に感謝しかありません。
秋田公立美術大学(秋田市新屋)正面玄関に立つショウキサマ。ワラ衣を新調してもらって気持ち良さそう。邪気や疫病、災難から学生さんを守ってね。
先代は横手市末野の皆さんが5年前に制作し、埼玉県所沢市の角川武蔵野ミュージアムに展示。その後に秋田美大へ寄贈されたもの。時間の経過でワラが劣化し迫力がなくなっていたので、今週のはじめ末野の皆さんや学生さん等40人で、2日がかりで作り替え作業を行ったそうです。ああ、私も参加したかった!。
大好きなショウキサマを窓越しに見ながら、学食で食べるランチ(唐揚卵とじ丼)も絶品です。
地域と学校の協働活動推進員と地域連携担当教職員の合同研修会。会場は雄物川コミュニティセンターです。仙北市の取り組みを皆さんにご紹介しました。
仙北市内の小・中学校10校はすべてコミュニティ・スクールです。高橋新子さんは西明寺小学校の推進員、私は西明寺中学校の推進員、また学校代表で半田久樹・西明寺小学校長が実践事例をお話ししました。話題の中心は西明寺小学校が行う地域を交えた運動会です。途絶えていた戸沢氏祭りを運動会に導入し、武者姿の住民が盛り上げる運動会が子どもたちの郷土理解に繋がっています。高校生の応援もあります。来年は中学生が参加するかも…。また西明寺中学校ではフラワーロードづくりが話題になりました。半世紀かけて住民が取り組んできた国道105号のフラワーロードですが、コロナや高齢化で継続できなくなっていました。これを中学生が主体になり、地域の皆さんがお手伝いする協働活動で一部復活が叶いました。
予算不足・マンパワー不足は、西明寺地域運営体(各種団体で設立した地域コミュニティ組織)が工面してくれました。地域の皆さんは子どもたちの学校生活・地域活動を、一生懸命に応援しています。ありがたい市です。
大仙市協和でボランティア学級研修会。私が思うボランティアの姿をお話しし…、ご当地に伝わる埋蔵金の伝説等も紹介しました。県内には各地に埋蔵金のお話しが伝わっています。
協和と言ったら荒川鉱山ですが、その一角の畑銀山に伝わるお話しです。〜鉱山に物資を供給する御用商人がいて、商いは大繁盛しました。夫婦に子どもはなく、店を譲るような者もなかったので、妻は夫の死が近づくと巨額の金銀を屋敷の片隅に埋めました。目印はその上に植えたくね垣です。当時から400年が経ちますが、発見された話しは聞きません〜、というもの。畑銀山には鉱山発見の経緯や、母を狼から救った孝行息子のお話しなども伝わっていています。
埋蔵金のお話しは、他にも院内銀山(湯沢市)、阿仁銅山(北秋田市)、鎌足鉱山(仙北市)などが有名です。これらは経営陣の不正、鉱山師や坑夫の横領などで莫大な財宝が眠っていると言う内容です。摩耶山(秋田県と山形県の県境)の埋蔵金は、山伏の一団が隠匿した莫大な財宝を隠したとされる伝説です。いろんなバリエーションがあって面白いです。
昔むかし、上田沢の源七という大百姓に小夜という娘がいました。いつも小夜は名前ではなく、おばっこ(末っ子の意)と呼ばれて皆から可愛がられていました。そんな小夜には弥兵衛という好きな人がいて…。
弥兵衛は武士でした。ある年の春、父は「早く嫁をもらいなさい」と言い残し死んでしまいます。弥兵衛は自分を好いてくれる小夜の気持ちを確かめるため、「五月の節句に臼を使いたいので、家まで背負って持ってきてくれないか」と頼みました。恋しい弥兵衛の頼みです。小夜は山の向こうの弥兵衛の家まで、臼を背負って歩くことにしました。しばらく歩き峠にさしかかった辺りで…、なんと荷縄がほどけ臼は谷底に転げ落ちてしまったのです。小夜はどんなに悲しかったでしょう。一人泣き伏し、ついには石になってしまいました。
弥兵衛はいくら待っても来ない小夜を心配し、小夜の家に向かうことにしました。そして峠の辺りで石になった小夜を見つけます。弥兵衛は自分の浅はかさを悔み、小夜の後を追って石になったと伝わっています。
※このおばこ石は実在します。
※写真はイメージです。
娘が制作スタッフの一人です。取材で現地を訪ね戦没者を慰霊し、12月5日の全国ロードショーに向け準備を進めてきました。
そして父は戦後80年を迎えた今年、市遺族会の青年部で平和の語り部活動の勉強を始めました。戦争の記憶の風化を防ぎ、平和の尊さを次世代に伝承することが目的です。現在の平和な日常は、戦禍に倒れた多くの命の上にあります。忘れてはいけません。
「ペリリュー楽園のゲルニカ」、どうか皆さまも映画館にお運びください。