2025年9月14日日曜日
市政20周年式典で
2005年9月20日、仙北市は誕生しました。それから20年、たくさんの出来事を経験し、やっと成人を迎えた若者のような自治体です。今日の式典には多くの子どもたちも参加して…。
新たなスタートをお祝いしました。中でも感動した場面が、「つなぐ、つながる、私たちの仙北市〜未来へのバトン〜」(写真)の発表です。それぞれの地域の中学生が、それぞれの地域の特色を理解し、認め合い、歴史や文化や自然景観、人々の営みを守りながら、次代に挑戦する強い決意を口にしてくれました。素晴らしい発表でした。株式会社バスクリンの三枚堂正悟社長は、わざわざ私を見つけて歩み寄り、「仙北市の未来はきっと大丈夫ですよ」と少々興奮気味に話してくれました。同感です。
私は、18個人・11企業団体の功労者を代表し、ごあいさつをさせていただきました。「人口減少とか少子高齢化とか、うな垂れる現実はありますが、それでも仙北市には2万2千人の市民の皆さまがいます。その市民の皆さまは、それぞれ様々な夢や得意を持っています。市長や議長や副市長や教育長もそうです。職員だってそうです。何も一人で背負わなくても、みんなで少しずつ辛いことを分け合い、得意な人の手を借りながら課題を克服すれば良いのです。得手に帆を揚げて前進ですよ」。
皆さま、ありがとうございました。
2025年9月13日土曜日
ブログが250万アクセス
皆さま、本当にありがとうございます。この〝みんな元気にな〜れ日記〟が250万アクセスを突破しました。ブログのスタートは2009年8月でした。それから16年…、
ほぼ毎日その日の出来事を綴ってきました。市長時代は市の動きや政策にかけた思い、退任後は一般社団法人・市民活動あきたの活動、あれこれ考えたことなど、不思議なお話し…、まさに日記(備忘録)のような使い方をしています。200万アクセスが2023年5月でしたから、2年と少しで50万アクセスあった勘定です。読めばフッと気が楽になったり、コーヒーブレイクのお供になれたら嬉しいです。
この後も、好奇心いっぱいで毎日を過ごしたいと思います。どうぞ末永いお付き合いをお願いします。
2025年9月12日金曜日
人口減少は地域をどう変える
写真は能代市荷八田に伝わる塞の神・ジジとババです。身長は20センチ弱と小さく、子どもが背負える小型の移動式お堂の中に祀られています。お堂は集落の集会施設内に保管されていて…、
以前、塞の神祭りは家内安全・無病息災・五穀豊穣を願い、大晦日から元旦にかけて開催されていました。お堂は子どもたち(中学2年生まで)が背負い、集落内を練り歩いて各家々を訪ねます。これらのことから、荷八田のジジとババはナマハゲと同じ来訪神と考えることもできそうです。お祭りで子どもたちは家々を訪ね、お小遣いやお菓子をもらい、一年で一番に楽しい地域行事だった…、自治会長の大高清勝さんはそんな風に懐かしがっていました。
しかし近年は少子化が進み、塞の神祭りは20年近く開催できずにいます。先日、担ぎ手のいないお堂、その中に祀られたジジとババを見せてもらって、とても切なくなりました。子どもが減少して催行できない行事は、私の周りにもたくさんあります。それは子どもに限らず、です。人口減少が地域をどう変えているのか、切ない場面をできるだけ多く知ることが、きっと有効な対策を見出す力になります。
2025年9月10日水曜日
太郎の妻の企て
八郎太郎がカゴ山でマタギ仕事をしていた頃のお話しです。太郎の妻は美人でしたが嫉妬深い人で、太郎が泊まっている山小屋に女がいるのを見て、太郎を蛇にすることを企てました。まず…、
妻は太郎がイワナを食べるよう、いつも米を研ぐカゴ山の麓の大淵にイワナを放ちました。そんなこととは知らず、太郎はイワナを捕まえ仲間の分まで食べてしまいます。すると異常なほどノドが渇き、川の水を飲み干す勢いでゴクゴクと身体に流し込み…、気がついた時は既に蛇体へと変化していました。太郎は仲間たちに別れを告げ、最初は大淵に沼をつくって棲み、ここが手狭になると七座に、そして最後は八郎潟へと移り棲んだと言うことです。
このお話しの出典元は、「マタギ聞き書き(武藤鉄城さん著:河内書房新書)」です。マタギの間で伝承されてきた怪異譚は、どれも興味深いものばかり…。
※写真はマタギ小屋イメージ(白神マタギ舎HPより)
2025年9月9日火曜日
角館再発見
角館のお祭り最終日、交流センターでは〝お祭りは昼もにぎやか交流まつり〟が開催されました。円山和子さんの歌謡ショウ、変面チンミンさんの変面ショウ、そして前知事の佐竹敬久さんと私は…。
主催はにぎやか祭り実行委員会(宇奈月満・代表)で初の開催。佐竹さんと私は、角館再発見をテーマに自由に約1時間アイディアを出し合いました。私は「角館は全国でも文化と歴史と人の蓄積がダントツで豊かな町です。再発見には人への着目が重要ではないでしょうか」と発言。すると佐竹さんが「解体新書の挿絵を書いた小田野直武は、角館の出身で秋田蘭画の生みの親です。平賀源内の紹介で江戸に出て、杉田玄白、前野良沢と一緒に大仕事を成し遂げました。もっともっと評価されて良い人物です」と…。私は「歴史を紐解く作業で、角館の魅力、田沢湖の魅力、西木の魅力が蘇ります。人材は何もいま生きている人だけではありません。昔の人もそのネットワークも、総動員して再発見作業をしましょう」、そう会場の皆さんに呼びかけました。
佐竹さんも私もおしゃべりな方です。宇奈月さん1時間は足りなかったかも…。
玉川大学のゼミ合宿で
玉川大学(東京都町田市)工学部・小酒井正和教授のゼミをサポート。藍染体験、地域に伝わる民話、郷土料理…、秋田が初めての子ども達に、どう秋田を感じてもらえたでしょうか…。
「ここにずっといたい」、終わりの会でそんなお話をしてくれた皆さん、本当にありがとうございます。いえいえ、感謝をするのは私たちのほうです。たくさんの気づきをいただいたのは、たぶん私たちのほうだったと思います。いつも目にするもの、食べるもの、流れる時間…、その日常に価値があることを改めて認識することができました。
また来てくださいね。お待ちしています。
登録:
投稿 (Atom)







