1555年、岩崎城(現湯沢市岩崎)の第14代城主・河内守道高に娘が生まれました。名は能恵と言います。小さい頃から愛らしく、歳を重ねるほどに美しい姫へと成長しますが…。
姫が3歳のある日、端女たちと庭に出て遊んでいると、その姿をジッと見つめる白蛇の姿がありました。その後も白蛇は毎日のように庭に現れます。これを知った乳母は、白蛇に「姫の用便を片付けてくれたら、姫をお嫁さんにしてあげますよ」と、つい冗談を口にしてしまい…。でも白蛇は、その後何年も姫の用便を片付け続けたのです。それから歳月は流れ、姫は16歳になりました。周囲の誰もがその美しさに目を見張ったと言います。そんな姫には許嫁がいました。川連城の若殿・小野寺桂之助です。2人は相愛でした。同年11月、いよいよ姫はお輿入れで皆瀬川を渡っている途中、恐ろしい出来事が起こります。にわかに天候が崩れ、信じられないような大きな竜巻が姫を襲いました。そして籠ごと姫はどこかに飛んで行ってしまうのです。どれだけ人を出し姫を探したでしょう。しかし見つけることができませんでした。
この物語には後日談があります。この年の冬、智学法印が庭で木の枝を剪定していて、うっかり側を流れる川にマサカリを落としてしまいました。法印はマサカリを拾おうと川底に手を伸ばし、頭から川に落ちてしまいます。川は深く底に不思議な岩窟がありました。中に入るとそこには能恵姫がいたのです。さらに驚くことに、姫の後ろには巨大化した白蛇(龍神)が横たわっています。姫は言います。「私は運命で龍神となり、人々を水難から守ることで自身の罪滅ぼしをします」と。無事に帰った法印の話を聞いた許嫁・川連城の小野寺桂之助は、姫を不憫に思い龍泉寺を建立、また姫の父・道高公は水神社を再建し、姫を合祀したと伝わっています。
※写真は、湯沢市岩崎の千年公園内に建つ能恵姫像。


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